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2014年3月24日月曜日

日本酒の話

1. 日本酒とワイン


日本酒好きです。

学生の頃(40年くらい前)の日本酒の質はひどかったと思います。
とりわけ日本酒を飲んだ人の吐く息の独特の臭さには辟易しました。
醸造用アルコール(要するに焼酎です)をぶち込んだ質の悪い日本酒だからだったんですね。

そんなわけでずうっと飲んでなかったのですが、20年以上前にたまたま後輩から勧められて石川県の「加賀鳶」「黒帯」を飲んで認識を新たにしました。
アルコールを添加していない純米酒です。
昔飲んでいたのは日本酒じゃなかったんだとはじめてわかりました。


その後ずいぶんたってから、上原浩の『純米酒を極める』を読んでやっぱりそうだったんだなと納得しました。

基本的に純米酒しか飲みません。アルコール添加したものは国際的に醸造酒として認められないという決定的な理由のほかに、上原浩がいろいろ書いていますので読んでみてください。上原浩、文章もりっぱです。

上原浩が言っていることでひとつだけぜひ紹介しておきたいのは。

ある日本酒のうんちく本が、「日本酒の本当のおいしさはアルコール添加したものだ」というとんでもない主張をしていて、その根拠としてあげているのが江戸時代の文献に、アルコール添加していない酒は「腰弱きもの」だという箇所があることなんですね。

上原氏は、そのうんちく本の「腰弱き」の理解が根本からまちがっていると指摘しています。

江戸時代は微生物の知識がなかったから衛生管理が難しく、醸造過程で腐敗することが少なくなかった。「腰弱き」というのは「腐敗しやすい」という意味なので、腐敗を防ぐためには焼酎をぶち込むしかなかったということなのですね。くだんのうんちく本はそれを「味に腰がない」と勘違いしている、そう上原氏は指摘しています。




ワインは好きだし、このブログにもいろいろ書いてきましたが、ワイン通なんかではありません。フランス、スペイン、イタリア、アメリカ、オーストラリア、チリなど生産国が多いので数千(数万?)の銘柄があるから全体像をつかめるわけがない。それがわかった時点でワイン通になるのをきっぱりあきらめました。

が、日本酒なら全体像がつかめるかもしれないと思いました。
20年以上、飲んだ日本酒の詳細な記録をつけています。400銘柄弱。
全体像がつかめた気がします。はじめて飲むものも「ああ、全体のこの位置にある酒だな」と判断できます。


ワインも飲んでいるので、比較してわかることが二つあります。


ひとつ目は。
味と香りはとても身体的な感覚なのでことばにするのがむずかしい。
そのむずかしさをわかった上であえてワインの世界では、身体的な味や香りをことばにしようと苦闘し、ことばを作り上げてきました。
いちばん知られていると思う形容のひとつが、イタリアはトスカーナのキアンティ・クラシコの「すみれのブーケ」だと思います。

わたしも「けっ、なんばつやつけとーとや」(博多弁で「なにをかっこつけているのか」の意味)と思っていましたが、「すみれのブーケ」ってほんとに具体的で実質を伴った形容なんですね。

フィレンツェに行ったとき、現地の日本人ガイドに連れられてイタリアNo.2のソムリエがやっている小さな酒屋に行きました(「No.2」というのが本物っぽいですね)。

そこで世に言う「スーパー・タスカン」を何本も試飲しました。

グラスでまわすやり方がうまくできなくて、ガイドの人に
「まわし方によって香りがぜんぜん違うでしょう?」
と言われて
「うーーむ、確かにそうですね」ともったいぶって答えたけど、実はさっぱり違いがわかりませんでした。

そのくらいいい加減な鼻と舌なのですが「すみれのブーケ」ははっきりわかりました。
そのとき買ったキアンティ・クラシコはほんとにおいしかった。

「すみれのブーケ」みたいな形容は百年以上かけて練り上げられたことばなのですね。
そういう形容がワインの世界にはしっかり作られている。
「腐葉土の香り」「液体の岩のような」苦みとか。

日本酒がまともになったのはこの30年くらいだから、そういうしっかりした形容がまだできていません。

でもみんな苦労しながら共有できることばを探している。
そういうことがワインと比較してわかりました。

世に言う「淡麗辛口」は形容にもなっていない雑なことばです。
できあがりつつある形容のひとつが、山廃や生酛(きもと)に共通する
「ナッツの香り」なんじゃないかと思います。
(山廃、生酛については後述します)

日本酒を描くことばはワインと較べるとまだ発展途上なんですね。




ふたつ目は。

ワインは値段が味を決定するという面があります。
もちろん安くて美味しいワインはあるし、高くて美味しくないワインもある。
でも総じて「うまーーーい!」と思うワインはそれなりの値段を出さなければならない。

日本酒のすごい点は「民主的」だということですね。

原料の酒米の表面には雑味があるのでそこを削ります。削って残った部分を「精米歩合50%」とかで表示します。

削ると雑味がなくなる。うーーーんと削ったのが(精米歩合30%とか)「大吟醸」というやつです。削って少なくなっているから当然値段は高い。

でも大吟醸がおいしいかというと一概にそうは言えない。

わたしは大吟醸を飲みません。
きれいな酒質です。飲みやすい。
だけれどあれだけ削れば、よほど腕の悪い杜氏でなければおいしいに決まっている。
杜氏の腕の差が出ない。それから味の個性が出ない。

削って評判の山口県の「獺祭(だっさい)」とかはわたしの好みではありません。
きれいすぎて味わいがない。ワインで言えばボディーがない。

新潟県の淡麗辛口も好みでない。「久保田」「越乃寒梅」「八海山」(それぞれ違いはありますが)は好みでない。

精米歩合55%~60%くらいの酒に杜氏の腕の差が出る気がします。
残っている雑味をどう活かして旨味に変えるかという腕の差。
雑味が活かされたとき、ほんとに美味しい酒になる。
そして当たり前ですが、あまり削ってないから大吟醸より安い。
(最近はあえて精米歩合70~80%の酒を造る酒造もあります。個性的でおいしいものが多い)

1升3000円台の日本酒がいちばんおいしい。
これ、ワインと較べてすごいことだと思います。
3000円台、ときには2000円台後半の酒が1万円以上の大吟醸よりおいしいことは珍しくありません。
ワインの背後には階級社会があるが、日本酒にはない。民主的です。



2. 飲み方


わたしは飲むときに5つのポイントに注目します。

(1) 立ち香
鼻で嗅ぐ香りです。吟醸酒独特の青リンゴやマスカットの香りだとか、ナッツの香りだとかさまざま。でも立ち香がそれほどなくて美味しい酒もある。あればいいというものじゃありません。

(2) 味
あたりまえですか。舌に乗せていろんな味を楽しみます。「淡麗辛口」がいい加減だと思うのは「辛さ」が日本酒にあるわけがないからです。酸味や甘みとのバランスから出てくる印象にすぎません。

(3) 含み香
ゴクリと飲んだときに鼻に抜ける香り。立ち香と同じこともあるし、まったく違うこともある。不思議です。

(4) 余韻
飲んだあと残る味や香り。味と香りがスッと消えるのを「切れがいい」と言います。切れがいいのがいいとは必ずしも言えない。ずーーーーんと余韻が残る良さもあります。

(5) 時間経過
これこそが蒸留酒とは違う醸造酒の楽しみ。だめな酒は数日でまずくなります。上に書いたように新潟の酒は好みじゃないのですが、新潟県弥彦の「越乃白雪(こしのはくせつ)」は最初に飲んだとき「なんじゃこりゃーー、水じゃないか」と思って(水のようにスイスイ飲める酒は好きじゃない。だったら水飲めばいいじゃんと思います)流しの下に1ヶ月ほったらかしにしておいたら、もうすーーんばらしい味に変貌していました。数年経った古酒も好きです。飴色の紹興酒みたいな古酒の味わいは絶品です。



銘柄ごとの味の違いを楽しみたいので冷やした酒は飲みません。
いい地酒をそろえているのに「これはぜひ冷やで飲んでください」とたわけたことを言う居酒屋がある。
味の違いは最低常温でなければわからないと思います。
常温を出せない店ではあえて燗をつけてもらいます。熱燗よりちょっと低めの上燗(じょうかん)くらい。燗をつけて冷めたのを「燗冷まし」と言います。これがいちばん酒の善し悪しがわかる。ひどい酒は燗冷ましがまずい。


生酒は好きではありません。ワインのボージョレ・ヌーヴォーが好きでないのと同じ。
熟成した味が醸造酒の醍醐味なので、火入れしたものが日本酒本来の味だと思います。
第一、生酒は冷蔵保存しなければならない。冷蔵庫のスペースがないわが家では生酒はやっかいものです。




3. お気に入り


好きな酒は2系統。


ひとつは味わいさまざまな純米酒。

北から言うと、
青森の「豊盃(ほうはい)」。外れがない気がします。
秋田の「天の戸 淳辛」。雑味をうま味に変えた酒。ときどき無性に飲みたくなる。
同じく秋田の「まんさくの花」。岩手の「鷲の尾」。
山形はわたしの中では日本酒ナンバー1の県。
「小桜 惣邑(そうむら)」。年ごとに味のばらつきがあるのが難。
「刈穂 六舟」。おいしい苦みというものをこれではじめて知りました。酒米が昔の美郷錦から変わってしまったのですがそれでもおいしい。わたしの定番酒のひとつ。
「羽前白梅」「鯉川」「楯野川」。

蕎麦と写ってますが「山桃花」は
蕎麦とはあまり合いません。
茨城県の「郷乃誉(さとのほまれ)」。なんと平安時代創業の日本で一番古い酒蔵です。
ここは生酒がほとんどなんですが「純米吟醸霞山(かざん)」は火入れがあってわたしの定番酒です。生酒もここのだけは飲む。「黒吟」「山桃花(ゆすら)」どっちもすばらしい。

有名じゃないけど「群馬泉」。田舎のおいしい酒、という感じがします。
福井県の「花垣」。それに「梵(ぼん)」。
京都ハクレイ酒造(どれもおいしい)。名古屋の「醸し人九平次」。
大阪の「秋鹿」。和歌山の「黒牛」(この生酒も例外的に飲む)。
「日置桜強力(ごうりき)」
あやめじゃないぞ
鳥取の「鷹勇(たかいさみ)」。そして「日置桜(ひおきざくら)」(飲むたびにうなってしまいます)。

愛媛の「石鎚」。愛媛には他にもおいしい酒があるのですが、なぜかどれもミカンの香りがする。添加してるわけがないので、ひょっとして道具とかにミカンの木を使ってるんじゃないかと想像してます。

福岡の「三井の寿」。ここがすごいのは銘柄ごとに味がかなりちがってどれもおいしいこと。







ふたつ目の系統は山廃と生酛(きもと)

ふつう、日本酒には「協会9号」とかの名前がついた酵母のカプセルを使うのですが、
生酛づくりというのは、蔵に昔から住みついている独自の酵母が自然に入るのを利用して発酵させるものです。時間と手間がかかる(らしい)。その工程のひとつ「山おろし」を省略したのが「山おろし廃止」→「山廃」。
濃厚な風味が出ますが、総じて「ナッツの香り」がすることが多い(苦手な人もいると思う)。

山形の「初孫 砂潟(さかた)」は、生酛なのにナッツの香りがしない不思議な酒です。
めちゃめちゃおいしい。

石川の「菊姫山廃純米」は有名。ドカンとくるヘビー級パンチの味わいがあります。
上に書いた福岡「三井の寿」の山廃もなかなかのもの。どちらも好きです。
さらにすごいのが奈良の「花巴(はなともえ)」。強烈なナッツ香とボディーがあります。スーパーヘビー級。日本酒のイメージが変わる。冬になると飲みたくなります。
「菊姫山廃純米」と
「花巴」。重量級コンビ。
ほかにもおいしい日本酒はいっぱいあります。
すばらしい文化だと思います。
醸造酒の奥行き。

若い人にこのすばらしさをわかって欲しいなと思います。
途絶えてしまったらたいへんな文化的損失です。










2014年3月23日日曜日

ストーリー・オブ・マイ・ライフ(補足)

ワン・ダイレクションのストーリー・オブ・マイ・ライフの補足です。

1/24に投稿した時点では CD を持っておらず、「その上で」と断ってネット上の訳詞についてコメントしました。

ようやくアルバム『ミッドナイト・メモリーズ』を購入しました。
で、ご報告しますと。

She told me in the morning she don't feel the same about us in her bones
It seems to me that when I die these words will be written on my stone

はきちんと訳されておりました。

With nothing in between は「中身が空っぽだったのに」となっています。
どうしてこういう訳になるのかわたしには腑に落ちません。

報告は以上ですが。



アルバムを通して聴くと、やはり
「ストーリー・オブ・マイ・ライフ」は出色・異色の曲だと思いました。

他の曲がつまらないわけじゃないが、総じて若者のラブ・ソング。
歌うまくて上品です。音もいい。
腕のいいミュージシャンに支えられたアイドルグループ。

なんだけど、「ベスト・ソング・エヴァー」はちょっと面白いと思いました。

日本版のアルバムにはボーナス・トラックが3曲入っていて、3曲ともいい。
スタンダードナンバーの「One Way or Another」を聴いて、おっ、やるじゃないかと思いました。
この人たちは「かなり上手なイギリスのジャニーズ」なんですね。

10年後まで続けて大人のラブソングを歌って欲しい。



2014年3月21日金曜日

グアンタナメラ

♪グアンタナメラ グアヒラ グアンタナメラ
グアンタナメーラ グアヒラ グアンタナメーラ♬

わたしより上の世代ならたぶん多くの人が聞いたことのあるキューバの歌です。


♪グアンタナメラ♫

しかし、今飲んでいる「グアンタナメラ」はスペインの会社のラム酒(正確に言うとラム・リキュール)。
そして原料のラム酒自体はドミニカ産。
キューバとは何の関係もありません。

ま、関係なくたっておいしければいいんだけど。

このところワインと日本酒が続いていたので久しぶりのラムです。

ワインと日本酒は醸造酒。
ラムとウィスキーと焼酎は蒸留酒。
周期的にどちらかに偏って飲みたくなる。

「グアンタナメラ」ははじめて飲むラム。
これまででいちばん甘いラム。
ロックではとても飲めないけれど、素朴な田舎の甘さみたいなとても感じの良い甘さです。砂糖なしでこれをモヒートにしたら絶対においしいはず。
なのですが、ミントもライムもない。

くーーーーーっ、残念。

冷凍庫から柚の実を探し出して、ひと房放り込み、炭酸水で割ったらこれがなかなかすばらしい!

ラムは製法や産地によるヴァリエーションの豊かさが魅力。
マルティニーク島、バルバドス、ドミニカのラムがわたしの好みです。
おいしいラムはロックで飲んで、カクテル風にすることはあまりないのですが、
「グアンタナメラ」はこんな風にしてもラムそのものの味がちゃんと生きている。「バカルディ」なんかと大違い。

わたしのラムのもひとつの「番外品」は「リヴィエール・デュマ」。
インド洋のレユニオン島のラムです。

香りがすばらしくて、大げさじゃなくあたり一面に広がります。

マルティニークもバルバドスもレユニオンも島。
ラムじゃないけど、スコットランドのアイラ島やアラン島はすばらしいシングルモルト・ウィスキーを造る。
沖縄諸島は泡盛を。

島の蒸留酒はおいしい

潮風が関係しているのでしょうか。


2014年3月19日水曜日

「プロテクト」——『相棒』Season12 最終話

(ネタバレあり。注意)

シーズン12の最終話で2時間スペシャル。
おまけに
亡き小野寺官房長がらみのストーリーらしいと予告されていたから
『相棒』にときおりある「国家がらみのスペクタクル」ものかと思っていました。

予想外の地味なストーリー。
そして予想外に良かった。

父と息子の物語です。
裏の世界の黒幕と3人の息子の関係が次第次第に明らかになってくる。
父親を裏切った三男を、実は父親はいちばん愛していた。
父親にいちばん忠誠を尽くしている長男は、父親を裏切った弟を殺すことで父の愛を得ようと渇望している。長男に協力していた次男(最初はただの悪徳弁護士に見える)の複雑さもさりげなく浮き彫りにされていく。

その複雑な父と息子の関係が、
甲斐亮と父親の関係と並べられてストーリーに奥行きを与えている。

家族とは「業(ごう)」です。
人間を根底から規定している。だから冷徹非情なやくざである長男でさえ判断を誤ってしまう。

業だからのがれることはとてもむずかしいのだけれど、
もし人間に「自由」とか「解放」とかがあり得るのだとしたら、
それは家族の業からのがれる道しかないんじゃないか。
そんなことを考えてしまいました。

それをわかっているのが収監中の瀬戸内元法務大臣(津川雅彦)。
坊主だからこそ、人間の業の深さを知りつくし、同時に人間の業から離れた視点を持っている。今日は彼が主役だと言っていいかと思います。

業に縛られた父親を演じる中村嘉葎雄もいい。
甲斐亮の父親(石坂浩二)も今回は「渋い俳優」をあえて抑えて淡々と演じていた。津川雅彦と中村嘉葎雄を引き立たせる自分の立ち位置を正確に把握しているんだな、と感心しました。

脇役そろって過度な感情表現を抑えた名演技。



相変わらずディーテイルがいい。

明け方に呼び出された甲斐亮に、恋人が差し入れを渡すところとか。
その少しあとに不正規な仕事に呼び出された鑑識の米沢巡査部長の髪がボサバサで、
オフィスの電気が暗いところとか。

「地味な傑作」なんじゃないだろうか。




2014年3月17日月曜日

知らなかった!——パコ・デ・ルシア追悼

今朝の新聞を読むまでうかつにも知らなかった!

パコ・デ・ルシアが 2/26 に亡くなっていた。享年 66。
言うまでもなく、フラメンコギターの幅を広げた名人中の名人。
『巨匠に捧ぐ』

その超絶的な腕前は、たとえば、
『巨匠に捧ぐ〜ニーニョ・リカルドの想い出』を聴くとわかります。

パコの師でもあるニーニョ・リカルドを追悼して、フラメンコ・ギターのそうそうたるスターたちが参加したアルバムですが、パコは、音の質、フレージング、トレモロの正確さなどあらゆる点で他を圧倒しています。


『アルモライマ』

わたしがいちばん好きな曲は、名作『アルモライマ』に収められている「広い河」。
ジャンゴ・ラインハルトなんかも弾いているルンバの名曲ですが、終わる少し前の数秒の早弾きのフレーズは、パコ以外に弾ける人間がいるとは思えないし、美しい。



1990年の春だったと思います。
イギリスのケンブリッジでパコ・デ・ルシアのコンサートに行きました。
さほど大きくない会場に集まった聴衆のかなりの部分は、スペインもしくはスペイン語圏の人たちでした。

二人の若手を両脇に従えて繰り広げられる情熱と悲しみと喜びのギター。
そのうちの一曲はスペイン人なら誰でも知っている伝統的な曲らしかった。
曲名をパコが告げたとき、スペイン人たちが嬉しそうな声を上げたからわかりました。

フラメンコ・ギターは、テーマのメロディーを即興で変奏していきます。

その曲のある変奏部分で、パコはリズムを落としてむせび泣くような独奏のフレーズを奏でました。その瞬間、まわりのスペイン人たち(その瞬間までは非常にお行儀のよい観客でした)が、一斉に「ああーー」と感に堪えない吐息をもらしました。
「この曲をこんな風にアレンジして歌わせるのか!」という驚きと喜びのため息。

それほどまで、そのフレーズはスペイン人の心に染みわたる「こぶし」だったのだと思います。

パコ・デ・ルシアは、チック・コリアなど他のジャンルのさまざまな名手たちと共演し、フラメンコ・ギターの幅の広さを世に知らしめた革新者でもありますが、
スペイン人観客のため息を聞いたとき、この人はやはり骨の髄までスペインの音楽家なんだと(当たり前なんですが)思い知らされました。

その夜のコンサートは、終了予定時間をはるかにオーバーして終わりました。
至福のひととき。

あの夜の音は決して忘れません。
すばらしい音楽をありがとう。

遅ればせながら
パコ・デ・ルシア氏の安らかな眠りを心からお祈りいたします。

2014年3月16日日曜日

『THE 鉄腕 DASH』と『S 最後の警官』

だらけてワインを飲みながらテレビを見ました。

まずは『THE 鉄腕 DASH』3時間スペシャル。
ちょっとした自慢 (?) は、この番組、深夜枠だった最初から見ていること。
これを見てそれまでたいして気にもしてなかった TOKIO のファンになった。

「ああ、日本は階級社会になったのだな」
と TOKIO を見て思いました。

この人たちは自然に「労働者階級」だと思いました。
SMAPは違う。社会の階段を上っていこうとする上昇志向が見えます。
TOKIOはSMAPを横目で見ながら、自分たちは SMAP にはなれないと腹をくくった気がします。そこから自分たちが生きのびていく方向を探っていった結果が
「俺たち、労働者でいいじゃん」というスタンスだと思います。


TOKIO には労働者階級の最良の部分があらわれています。

第一に、肩肘張らないほんとうにリラックスした人との接し方。
(2世代後の「嵐」もリラックスしているけれど「高校生の同級生どおしのリラックスの仕方」みたいなものであって、TOKIO の労働者の匂いがない。「嵐」は、TOKIO とちがって、価値観や世代が違う人たちとの接し方があまり得意でない気がします)

『THE 鉄腕 DASH』はそういう TOKIO のすばらしさが出ている。
感心したのは、ハワイで2,3のグループに分かれてお互いに出会う(だったかな? 記憶は曖昧)企画。
地元の人に道を聞かなくてはならない。英語ができないので、スタッフが通訳していたような記憶がある。

でも、相手が道を教えてくれたあと、みんなカタカナ英語でためらわずに「サンキュー!」と言っていた。

発音なんか気にせずに、感謝の気持ちを伝えたいというのがストレートに出ていた。
できそうでなかなかできないことだと思います。

SMAP の英語はネイティブ・スピーカーと同等に語り合おうとがんばっているのが痛々しい。
がんばっているのだけれど、音に敏感なミュージシャンであるはずなのに、英語と日本語の「発声の違い」といういちばんの基本に気づいていないから、頭と口と舌でいくら「発音」を訓練してもなかなか通じない。
(くだくだ書くのはよしますが、英語と発声の仕方が違う日本人は、「発音」を支える英語の「発声」を体で訓練しなければ、いくら「発音」を訓練してもなかなか通じません。そういう「発声」を教えてくれるのがいい英語学校です)

TOKIOはSMAPみたいにがんばっていない。「サンキュー」くらいは発音が悪くたって通じるに決まってるじゃないか。そういう確信がすがすがしかった。



第2に、「知の世界」へのやわらかで偏見のない姿勢。

舌を巻いたのは「宝石を探そう」という企画。
日本の山に入って宝石の原石を採掘するという企画なんですが、
鉱物学者の指導のもとに鉱物図鑑を手に鉱床を探す。

城島君が「先生、これじゃないですか?」と図鑑をもとに言い当てる。
当たってるんです!
柔軟な観察力と応用力。並の大学生には太刀打ちできない「柔らかな知性」がある。
労働者って実はそういう「柔らかな知性」を持ってる人が少なくない。

最近の企画「DASH海岸」にもその柔らかな知性がいかんなく発揮されています。
指導してる大学の先生もうれしくてしょうがないんじゃないだろうか。
こんなに柔軟で、しかも体を動かして工夫する学生はそうそういるもんじゃないから。

学者とは違う種類の「職人の知」というものもあります。そういう意味では職人は単なる労働者ではない。そういう「職人の知」にも、TOKIO は素直に驚き、賛嘆します。

知は体と結びついたとき楽しい。すぐれた労働者と職人と学者が、たがいに肩肘張らずに「知」の交流をするとき、きっと「楽しい社会」が生まれるんだろう。
『THE 鉄腕 DASH』はそれを伝えてくれます。
今日の「DASH島」もそうだった。





『相棒』はレベルが高い、と何度か書いてきました。
レベルの高さをそれなりに説明してきたつもりなんですが、今日は他のドラマとの「比較」という視点から説明します。


連れ合いが刑事物のたぐいが大好きで、「まーこんなつまらんものまでよく観てるな」と思うくらい観ています。

今日は『S 最後の警官』最終話。

笑っちゃう脚本。
クライマックスで、主人公のNPSの隊員が、
「銃は使わない。俺はこぶしひとつで勝負してきた。それは仲間がいるからなんだ!」
と言って犯人に殴りかかる。

すでに相手に見得を切っている段階でお粗末。
「ドアを開けて『やあ、諸君』などと言う人間は長生きできない」
というアリステア・マクリーンをまず読んで欲しい。

次に「俺はこぶしひとつで勝負してきた」というわりに、殴りかかる殴り方がお粗末。
バックモーションをつけた殴り方(えーーっと、乱暴に言うと「肘をいったん後ろに引いてから殴る殴り方」です)は相手に見切られるので避けるのが武道の初歩の初歩です。あんな殴り方をして当たるわけがない。
「武道家じゃない人間にそんなことわからないじゃないか」と思ったあなた。
ジャッキー・チェンの映画のアクションってすごいって直感的に感じるでしょう?
ジャッキー・チェンはいっさいバックモーションをつけていないのです。武道を知らない人間だってその違いに直感的に気づくから「ジャッキー・チェンってすごい!」と感じるんだと思います。

さらに、
殴られた犯人が手榴弾のピンを抜いて転がす。
主人公ははっと息をのんでから手榴弾に向かっていきます。
訓練を受けたNPSに「はっと息をのむ」間なんてあり得ません。
わたしは一応武道家のはしくれなので、10秒近くあるその間の長さに笑ってしまいました。

「はっとする」のは自然な反応です。しかし武道とは、驚きや恐怖などの「自然な反応」をいかに制御し、機械のように反応するかを鍛錬するものです。
たいした武道家ではないわたしだって、手榴弾を転がされたらはっとなんかせずに即座に体で反応すると思う(間に合うかどうかは別の話。でも間に合うか合わないかは考えずに体は動かすと思う)。ましてや訓練された NPS がはっとして数秒以上間を置くなんてあり得ない。

凡百の「紋切り型のドラマ」ってこういうもんなんだなと思いました。
リアリティがない。刑事物ファンの連れ合いでさえこの場面にはあきれてました。

こういうのを観ると『相棒』のレベルの高さがあらためてわかります。
というか、他のドラマ、レベルが低すぎるよ。










蛸のペペロンチーノ(アヒージョの翌日バージョン)

スペインの小皿料理アヒージョを作った翌日のお楽しみはペペロンチーノ!

アヒージョの油は材料のうま味がしみてとてもおいしい。
パンに浸して食べるのですがそれでも残ってしまいます。

ゆうべのエビとマッシュルームのアヒージョ(←クリックすると作り方に飛びます)で残ったオリーブオイルを使って蛸のペペロンチーノを作りました。


ペロンチーノには
オリーブオイル、唐辛子、ニンニク、パセリに塩味だけのもっともシンプルなものと、
他の食材を加えるものの2系統があります。
わたしはどちらも好きです。
今日のはもちろん後者。この場合、わたしは乾燥トマトを加えます。

アヒージョの油に、塩味、アンチョビーのコク、ニンニク風味、パセリが少し残っていますから、それを考慮に入れてニンニクを加減し塩味をつけます。
もちろん、アヒージョの油でなくてふつうにエクストラヴァージン・オリーブオイルを使ってもおいしくできます。


ペペロンチーノ、シンプルだけど手強いやつだと思います。
あえる直前にソースにパスタのゆで汁を加えて油分と乳化させるのがこのパスタの最大のポイント。これをやらないと舌触りが悪く、ツルツルと喉を通りません。
しかし、ゆで汁の量と、ソースとパスタをあえる時間の加減がわたしには難しい。それから塩加減も。

タイミングの料理なので、最後の2分間は一瞬たりとも気を抜かずにがんばるのですが、
「皿に空けたあと、フライパンの底にソースと油がほとんど残らない」
という理想のできになかなかなりません。
でも理想のできじゃなくてもそこそこ(あるいは相当)おいしい。
伝統の家庭料理ってそういうものなんだなとつくづく思います。


今日はブロッコリーの茎と椎茸が冷蔵庫に残っていて、それを使わなければなりませんでした(家庭料理はそういうもんですが)。なくてかまわないのでその部分は(    )でくくってあります。でも残り物の野菜を少し加えるのはお勧めです。
気分でパセリの代わりに青ネギを使いました。そのあたりはお好みで選択して下さい。


蛸のペペロンチーノの作り方


材料(3人分)
パスタ         300g

ゆで蛸         200g
ニンニク        1かけ
赤唐辛子        2本(二つ割りにして種を取る。あるいは輪切りの市販品)
乾燥トマト       3枚
(ブロッコリーの茎)  適量(多すぎないこと)
(しいたけ)      4~5枚
青ネギ(またはパセリ) 適量

白ワイン(または純米酒)    大さじ3
アヒージョの残り油(またはEVオリーブオイル) 大さじ3〜4



【材料の下準備】
ブロッコリーの茎(とてもおいしい)と椎茸。
奥がアヒージョの残り油。
(1) 鍋にたっぷりの湯を沸かしはじめる。塩をしっかり入れる。

(2) 青ネギ(パセリ)を細かく切る。ニンニクは縦二つ割りにして芯を取ったあとで刻む。

(3) ゆで蛸はできるだけ薄く切る。

(4) (ブロッコリーの芯は外側の硬い部分をていねいに取り、千切りに。椎茸は薄切りに)



【パスタを茹ではじめる】
1.7mmくらいのパスタがいいと思います。指定時間より1分ちょっと短くゆでます。
パスタはお好みのものでいいのですが、ペペロンチーノはシンプルなだけに麺に味がかなり左右される。わたしはツルツルしこしこ感が違う気がして「バリラ」か「ピエトロ」のを使っています。


【ソースを作る】
ニンニクは焦がさないよう弱火で!
(1) フライパンにアヒージョの残り油(またはEVオリーブオイル)を入れ、弱火でニンニク、唐辛子に火を通す。
(火が通ったら、椎茸を入れて炒める)
乾燥トマトを料理ばさみで細く切って加える。


(2) (パスタがゆで上がる2分前にパスタ鍋にブロッコリーを加える)

さあ、ここからはタイミング勝負です!!
ソースを完成させて
ゆで上がりを待つ

ゆで上がる1分半前に中火にしてフライパンにゆで蛸を加え、白ワイン(または純米酒)をかける。
青ネギではなくパセリを使う場合にはこのときに加える。

(3) アルコール分が飛んだら、ゆで汁をお玉1杯分加え、すばやく塩で味を調える。ややしょっぱいかな、というくらいでちょうどいいと思います。

トングを手元に準備してゆで上がりを待ちます(パスタを流しでザルにあける場合にはその準備を怠りなく!)


【仕上げ】
パスタがゆで上がったらしっかり湯切りしてソースの中に入れ激しくあおる。またはトングで激しくかき混ぜる。ソースを短時間でしっかりパスタに食い込ませるためです。火は強火。乳化したソースがパスタに食い込んでほぼなくなるのが目安。上に書いたように、パスタを皿に移したあとフライパンにソースと油がほとんど残らない状態だと理想的です。

お皿に盛ったら青ネギを散らして完成。







2014年3月12日水曜日

「待ちぼうけ」——『相棒』Season12

(ネタバレあり。注意)

このところパッとしなかった『相棒』ですが、今日の「待ちぼうけ」は久しぶりにコメントを書く気になりました。

25年ぶりに再会した男女の「愛の奇跡の物語」なのですが、シナリオが巧妙でお涙ちょうだいの押しつけがましさがない。

ウェディングドレスを見に行く日に
「他に好きな人がいる。君とは結婚できない」と言ったきり去って行った靴職人の男。
実は母親が保証人になって多額の借金を負ってしまい、彼女の前から姿を消した。

借金を返済して25年ぶりに会う約束をする。
あろうことかその再会前夜に殺人を犯してしまう。相手は母親に借金を負わせた男。


右京は自殺に向かう男に、
甲斐亮は、25年ぶりの再会を待つ女に会いに行きます。
二人の別行動が、男女の過去を自然に浮かび上がらせる仕組みになっている。


『相棒』は、無駄な説明がないところがいい。
右京が男のシャツを見て「お相手は裁縫をする女性ですね」と言い当てる。
凝ったシャツは、しかし25年前のものです。
それを説明しない。しないけれど、真新しいそのシャツがアップでうつされることで、
男がそのシャツを大切に保管していて25年ぶりに着た切ない思いが伝わります。

そしてやはりことばで説得する右京はいい。
今回はたっぷりとことばをつかって説得しました。

今回、甲斐亮ははじめて右京と対等になった感じがします。


右京とともに警察署の前に現れた男と、
甲斐亮に伴われた女の25年ぶりの再会。

男の出所を待つ2度目の「待ちぼうけ」を女は心から受け入れます。
二人は25年ぶりに抱き合ったりしない。

ちょっとためらって女が、自首しに向かう男のうしろから駆け寄って腕を組む仕草がとてもいい。それを後ろから撮っている。

それまでは皺の目立つ中年女だった芳本美代子が、一瞬、女子高生のように見えるすばらしいショットでした。



あとひとつだけ。
田舎の駅で男とオセロをし続けた右京。
もう人生から降りたいと叫ぶ男(犯人)に、右京は「あなたは勝負をあきらめすぎる」
と言って、男が投了 (?) したオセロの続きをやって見せて、白を圧倒的多数にする。
男は白で勝っていたわけです。
それをやってみせて右京は「奇跡が起こるかもしれないんです!」と訴える。

奇跡は起こります。
男は25年前に女のために作ったウェディング用の靴を女性に手渡すことができる。
白い靴なんです。オセロの白と靴の白!
すてきな呼応です。


もひとつ書きたくなった。
「干し芋」も効いてた。
田舎の駅の婆さんが、「これでも食べろ」と右京たちに差し出す。
入れ違いにたどり着いた伊丹刑事にも差し出す。
いかにもありがちな田舎の人情のエピソードです。

だけど最後に行きつけの小料理屋「花の里」で「干し芋」が登場する。
「お土産はないの?」と女将に問われた右京が食べかけの干し芋を差し出すのですが、
「なあにこれ。どこのスーパーでも売っているやつじゃないの」と言われてしまいます。

制作者のスタンスが干し芋によく出ていると思いました。「どこのスーパーでも売っている」ような、ありがちな人情ドラマへの皮肉と距離が干し芋で表現されているわけです。こういう小物がメロドラマになってしまうのをくいとどめている。


『相棒』、やっぱりレベルが高い。
これに太刀打ちできるのは加賀恭一郎ものだけじゃないかと思います。



2014年3月9日日曜日

笑っちゃうけど笑えない赤

フランス南部のコート・デュ・ローヌ (Côte du Rône) 地方は、安価でおいしいワインの産地です。


今日の寝酒は「ゴーツ・ドゥ・ローム」(Goats do Roam) という名前の南アフリカの赤。

ええーーっと、わかるでしょうか。
意味は「山羊たちはうろつきまわるぜ!」なんですが、「コート・デュ・ローヌ」をもじってるんです。ラベルはご覧のとおり、山羊さんです

笑っちゃうネーミングです。

とあるネット酒店でフルボディー6本セット¥4,890、しかも送料無料 (!) なので買ったセットのうちの1本です。


これが悪くない。

合成コルクどころか、金属キャップの安いテーブルワインですが、
フレッシュな果実香とそこそこのボディーがあります。

つまみはエビとブラウンマッシュルームのアヒージョ。作り方は以前に投稿しました(左の「アヒージョ」をクリックすると見ることができます)。


楽しんでいるのですが。

先日の毎日新聞に南アフリカのワイン葡萄園で働く黒人労働者たちの苦しい生活が報告されていました。安くて高品質のワインが南アフリカの売りなのですが、それはそういう労働者たちの苦しい生活に支えられているわけです。

きちんと調べたわけではありませんが、このワイン、1000円前後だと思います。値段から考えられない味。

でもわたしはあと150円だけ出して、労働者の日当にまわして欲しいと思う。
もちろん、150円値段が上がるとすれば、そのほとんどは経営側に入ってしまうので労働者にはまわらないだろう。現実的ではない願いです。


「よい品を安く」
それが勝つのが健全な資本主義というものです。

しかし資本主義は究極的には、すべての人間が食べていくために存在するものだと思います。食べていくことを犠牲にした「安く」を消費者は受け入れてはならないと思います。



わたしだって好きなだけワインを飲める身分ではありません。

でも150円余分に出して南アフリカの葡萄園の労働者の日当が上がるなら、
150円分、飲む量を減らします。
(まずかったら150円を出す気はありませんが、この「ゴーツ・ドゥ・ローム」はあと150円出す価値はあると思う)

経済とは、国民みながちゃんと食べて「文化的で最低限度の生活をする」ためだけに存在するんだと思っています。そういう生活を犠牲にしてまでコストを削減し、価格競争に勝とうとする姿勢には納得できない。

ニュースで、ハンバーガーや牛丼のチェーン店の値下げが報道されるたびに胸が痛みます。値下げする余裕があるのなら、その分店員の時給を上げろよ、と思います。


笑っちゃうけど笑えない。
そんな複雑な気持ちで「ゴーツ・ドゥ・ローム」を飲んでます。