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2015年1月28日水曜日

「人生最良の日」——相棒 Season13

(ネタバレあり。注意)


今日の「人生最良の日」、『相棒』としては毛色が変わった作品。
コミカルな脚色に賛否両論あるでしょうが、わたしは気に入りました。



北関東の田舎町でガソリンスタンドの主人が変死し、妻が行方知れずになっている。

東京のラブホテルで変死した女のバッグから大量の麻薬が発見され、同宿した男が行方知れずになっている。

「男の死/女の失踪」「女の死/男の失踪」というシンメトリーをなす二つの変死事件がやがてひとつにつながる。

つなげる糸は大金を買い物袋に入れて東京に出てきたガソリンスタンドの妻。
時代遅れの一張羅の服を着て、スタバ(みたいな)コーヒーショップで注文の仕方にとまどうおどおどした中年女性です。

コーヒーショップでの偶然の出会いから、右京はこの女を追い始める。



ラブホテルから失踪した男は、
数十年前に『人生最良の日』という一発ヒット曲を出したきり鳴かず飛ばずの歌手。
今夜久しぶりに小さなライブを開くはずなのに、
ラブホテルの一件が因縁となって、やくざから麻薬の代金の弁済を迫られる。

逃げ場のない窮地に陥ったさえない歌手の前にあらわれたのが、
高校生の時から彼の大ファンだったくだんの中年女性。
彼女はライブを見るために上京してきていた。



そんなストーリーが軽妙にそしてスピーディーに描かれます。

歌手の目撃情報は「はでなTシャツを着ていた」。
画面に初めて登場する彼は、やくざに殴られている。

そのヤクザたちの服がど派手なサイケデリック!
歌手のTシャツがまったく地味に見えてしまう。


こういうコミカルな刑事物が陥りがちなのが、
気恥ずかしくなるようなコント風のセリフのやりとりだと思います。


しかし「人生最良の日」にそういう要素はほとんどない。
脚本を活字にすると笑いの要素は読み取れないんじゃないだろうか。
笑いをねらったドタバタアクションもほとんどない。
唯一のドタバタ場面は、
ヤクザから「ズルムケ!」「メガネザル!」と罵られた角田課長が爆発するシーンだけ。
日頃の角田課長からは想像しにくいこのアクションは、いい意味でのファンサービスだと思う。

要するにあざとい笑いではない。「コント」では決してない。
そうではなくて、
ちょっとした運命のジグザグ運動が、
二人の登場人物のささやかな人生に捻りを加えてしまうおかしさ。

セリフのおかしさではなく、プロットが生み出すおかしさです。
そこが見事です。

運命のおかしなジグザグ運動の中で、
中年女性がだんだん変わっていくところがよい。
ナイフをヤクザに突きつけたところから、おどおどした中年女は劇的に変貌する。
ヤクザに向かってニヤリと笑う表情が秀逸。


口うるさい夫の元でガソリンスタンドで休みなく働き続けた女。
夫の病死を見た瞬間に、彼女は「自由になるのは今しかない」と
札束を買い物袋に突っ込み、歌手のライブを見るために飛び出てきたのです。


あこがれの歌手は、ヤクザに追われるみじめな中年男になりはてている。
だけれど彼女は必死に知恵を働かせて彼を救おうとする。

「今日が『人生最良の日』にならなくて残念でしたね」
と言う右京に彼女が答える最後のセリフは説得力があると思いました。

そしてそのセリフを視聴者へのお説教にしないところがいい。
「教訓」は何もありません。

でもわたしたちは、働きに働き、楽しいことがひとつもなかったひとりの中年女性が、
思いもしなかった「人生最良の日」を得たことを、なんだか祝福したくなる。

大団円で予期せず上がる花火。
花火は主人公の女性だけでなく、警察の車に乗せられたしけた歌手の男も祝福してるようです。

とまどいながら花火を見る男の表情と、車の窓に映った花火のショットがとてもいい。
つかまったヤクザたちと角田課長たちもなんだか虚を突かれたように花火を見上げてるところもいい。

いっさいセリフのない花火の場面がこのささやかな悲喜劇を祝福して終わる。
こんな終わり方、なかなかできない。



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