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2016年1月20日水曜日

「陣川という名の犬」——『相棒』Season14

(ネタバレあり。注意)

陣川警部補が出る『相棒』は感心しない
と投稿したことがあります「ステレオタイプの弊害」)。

陣川君が登場すると、脚本家は「善意のお調子者」というキャラクターの呪縛にかかったようになってしまっていた。顔を覆いたくなるくらいの紋切り型のストーリーになる。
陣川君の魔力恐るべし。魔力に抗する脚本家あらわれよ!

そういうことを書いたのですが。


今日の真野勝成、陣川君の呪縛を解いたと思う。



喫茶店の店主さゆみに片想いをしてしまう陣川警部補。

そういう大枠はあいかわらずのステレオタイプです。

しかし。


陣川君のただならぬ形相から始まる冒頭が、

「陣川君の魔力を打ち破るぞ」
という宣言になっていました。

「陣川君という名の犬」というタイトルも尋常ではない。


回想形式で展開するストーリーの主要部分は、

「思い込みが激しい陣川君」
というステレオタイプをとりあえず踏襲しています。

でも終わりに近づくに連れ、

陣川君がこれまでの陣川君を超えはじめる。


さゆみは陣川君を「捨て犬」みたいだと思って傘を差し掛けた。

そう言われた陣川君は、
さゆみにとって自分は「犬」=「哀れむべきその他大勢」だと理解します。
それでも勇気をふるって彼女にプロポーズする。

そのプロポーズのことばがいい。

「犬がいつまでも主人につくすようにつくしたいと思います」
(正確な台詞ではありませんが)。

「犬」ということばの意味を逆転した陣川君。

『相棒』史上はじめて陣川君は自分のことばを持った。
タイトルの「陣川君という名の犬」のほんとうの意味がこのことばで明らかになる。
もっと正確に言うと、
冒頭場面から視聴者が想像してきた「陣川君という名の犬」の「犬」の意味を、
陣川君自身がみごとに逆転する。


ドラマ全体が
さゆみを美化しないのもいい。

陣川君にとって魅力的な、

そして多くの視聴者にとっても「魅力的な女性」だと思える彼女が、
同時に、犯人の男の足の匂いを悪意なく指摘することで傷つける。
さゆみのそういう「無意識の残酷」をきちんと描いている。
そうすると視聴者は、陣川君もさゆみの「無意識の残酷」の犠牲者になる(=いつものようにふられる)と予測する(少なくともわたしはそう予測しました)。


だけれども、事件が決着したあとがいい。



さゆみの「その他大勢」の一人だと思っていた陣川君が、

冠城亘に救われる。

冠城亘は陣川君がその他大勢ではないことを見抜いていた。


プロポーズの返事をする日にさゆみは殺されるのですが、

右京と冠城は、さゆみがするはずだった返事をみごとに解き明かします。

その最大の鍵が、さゆみの荷物の中にあったコーヒー・セレモニーの道具。

中東で婚礼などを祝福するために飲むコーヒーのセットです。


さゆみの喫茶店で、冠城はそのセレモニーのセットでコーヒーを入れる。

右京、陣川と三人でテーブルを囲む。
なんと、これまでコーヒーを断り続けてきた右京も飲む!!

コーヒーを飲む右京の微笑みに陣川君への思いがにじみ出る。


バックに流れるナット・キング・コールの「アンフォーゲッタブル」。

「忘れられぬ人」を陣川君は思い続けることでしょう。

静かだけどすてきなラストでした。


星三つ。

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